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名古屋高等裁判所 昭和29年(ネ)458号 判決

平和生命保険株式会社

事実及び理由

(1)  被控訴会社は保険業法に基いて生命保険事業及び生命保険の再保険事業を営むことを目的とする株式会社であつて、その熱田支店は、同会社の他の支店と同じく、保険契約の募集、保険料その他の保険契約に基く金銭の収受、保険金及び解約払戻金等の支払、被保険者の選択及び保険契約の締結、代理店の監督、支店の備品事務用品等の買入(高価なものについては特に本店の承認を要する)、支店費用及び新契約費用等の支払、支店内部の人事会計庶務の処理その他の業務を遂行し、右熱田支店長林一二(会社の使用人である。支配人たる資格を有しない)は、同支店の主任者として支店の業務を統轄し、支店職員を指揮監督して右の業務を遂行する職務に従事し、同支店次長中野茂夫は、支店長を補佐し、その指揮監督を受けて支店の業務を行い、支店長に事故があるときは当然に支店長の職務を執行する職務に従事し、同支店係長三上重次郎は、支店長等の指揮監督を受けて外務員の指導督励等をする職務に従事していた。しかるところ、右の林支店長は、支店業務の執行につき放慢粗略であつて、その業務のほとんど全部を中野次長に委せ切りにしておき、殊に支店備付の前記記名用印、支店印、支店長印等を中野次長に保管させ、それらを使用し林支店長の名義をもつて保険料領収証書の発行職員の身分証明書の作成、銀行普通預金の預入払戻等をする業務を同次長に委任していた。

(2)  右三上係長は、同人自身及び熱田支店の保険募集の成績を挙げるために、昭和二十七年一月頃よりひそかに虚偽架空の多額の保険契約を仮装しその契約が真実に存在するもののように装つて報告するような行為をしたので、右契約に基く保険料の支払等のために多額の負債を生じ金融に苦慮した結果、金員調達の手段として、同年四、五月頃よりしばしば熱田支店備付の前記記名用印、支店印、支店長印等を盗用してほしいままに株式会社帝国銀行上前津支店を支払場所とする林支店長作成名義の約束手形を振り出し、その手形回収等のために金融の必要上更に右同様の約束手形を振り出し、中野次長は間もなく三上の右行為を知り、同年六月頃よりその後始末等のために金融を得る必要に迫られて、三上と共同しまたは単独にて、本店及び林支店長には無断で、前記記名用印、支店印、支店長印等を使用して右同様の約束手形を多数振り出し、結局同年八月中旬頃までの間に右三上及び中野は、単独または共同して、合計数十通にわたる右同様の約束手形を振り出した。そして本件約束手形は右の数十通の約束手形のうちの一通であるが、本件約束手形振出の経過を更に詳記すれば、左記(3)記載のとおりである。

(3)  訴外林史郎は、三上の依頼に基き、上記のような約束手形によつて三上が金融を得ることのあつせん等をしていたが、昭和二十七年七月十日過頃かねてから金融のあつせん方を依頼していた知人白義一より、手形でポーラ洋服地を多量に売つてくれる家がある旨を聞知したので、手形で洋服地を買い受けこれを他に売却して現金を取得しようと計画し、早速右の旨を三上、中野の両名に報告してその同意を得た。ここにおいて中野は、前同様本店及び林支店長には無断で熱田支店備付の前記記名用印、支店印及び支店長印を使用して振出人欄に林支店長の記名押印をしその他の各欄を空白のままにした同支店長作成名義の約束手形一通を作成した上、これを林史郎に交付した。

そしてその頃白義一は、かねてより知合であつて名古屋市東区竪代官町において「お好み焼」屋を営業としている控訴人に対し、「平和生命保険の熱田支店が洋服地をほしいというているが、その洋服地のある所を知つているので、自分はそれを買い受けて来て熱田支店に売却したい。それについては買受代金が必要であるから、金を貸してほしい」旨を懇願したところ、控訴人において「他より金を借り受けて来て、これをその買受代金に充当することにしたいが、多額の金を支出するのであるから、品物はただちに自分の家に引き取つて自分の方より現金取引で売却することにしたい」旨を返答したので、これに同意した。そして間もなく控訴人は知人より金員を借り受けて来てこれを白義一に交付し、同人は、ポーラ洋服地四十五着分を他より運搬して来てこれを前記控訴人方に置いた上、控訴人に対し、「二、三日中に平和生命の人が来るから、その時現金と引き換えに品物を渡されたい」旨を申し述べた。

次で同月十六、七日頃林史郎は、白義一の案内で、前記控訴人方に到り被控訴会社熱田支店勤務の係員であるもののように装つて控訴人に対し、右の熱田支店においてその職員に支給するために必要であるから同支店が前記ポーラ洋服地四十五着分を買い受ける旨を申し入れた。そして白義一は、間もなく更に控訴人方に赴いて、「約四十日先払の約束手形で熱田支店に洋服地を売つてやつてほしい」旨を懇請し、控訴人が「現金取引でなければ困る」旨を答えて承諾をためらつていると、更に「その手形については帝国銀行上前津支店に問い合せてもらえばよくわかる」旨を申し向けたので、控訴人は、その預金取引のある株式会社東海銀行長塀町支店の店員村田智恵子に対し調査方を依頼し、同女が帝国銀行上前津支店に電話をかけて照会したところ、同支店に被控訴会社熱田支店の預金がある旨の回答を得た。そこで控訴人は、安心して、右の洋服地を代金十六万二千円で被控訴会社熱田支店に売却しその代金の支払のために約束形を受け取ることを承諾したので、林史郎は、中野から受領していた前記約束手形に、金額として金十六万二千円と、支払期日として昭和二十七年八月二十二日と、支払場所として株式会社帝国銀行上前津支店と、名宛人として控訴人の氏名を順次記入し、その他の必要事項をも記載し、未完成部分を全部補充して、本件約束手形一通を完成した上、前記控訴人方で控訴人に交付し、同時に控訴人より前記洋服地四十五着分を受領してこれを林史郎の事務所に運搬した、なおその品物は白義一が処分して林史郎は金四万円を取得したが、中野と三上には全然金員の分配がなかつた。

そして控訴人は、右手形の支払期日に支払場所において呈示をして右手形の支払請求をしたが、支払が拒絶された。

上記認定によつて明らかであるように、中野及び三上は、生命保険会社たる被控訴会社の被用者としてその熱田支店に勤務中、林史郎等と共謀の上、熱田支店においては本件のような洋服地を必要としていないにもかかわらず、同支店がこれを必要として買い入れるもののように装つて熱田支店長作成名義の約束手形で洋服地を買い入れこれを他に売却して右の者等自身の用途に使用すべき金員を取得しようと計画し、まず中野においてその権限を逸脱して前記記名用印、支店印及び支店長印を使用し右の熱田支店長林一二作成名義の本件約束手形を作成してこれを林史郎に交付し、林史郎は直接または白義一を通じて、「お好み焼」屋営業をしている控訴人方において控訴人に対し、右の熱田支店がその職員に支給するために必要であるから同支店において買い受ける旨を申し入れ、かつ本件手形が真正に成立したものであり支払期日には相達なくその支払があるもののように装つて、洋服地代金の支払のために本件手形を差し入れたき旨を申し入れ、控訴人をしてその旨誤信させて右の申入を承諾させ、本件手形を控訴人に交付すると共にポーラ洋服地四十五着分を控訴人より受領してこれを騙取し、その結果控訴人に損害を加えたものである。手形の作成交付とその他の諸種の行為とが一体となつて不法行為を構成していることはいうまでもない。しかしながら、保険会社が洋服地を買い入れたり約束手形を振り出したりすることは、あり得ることであるとしても稀有のことに属するのみならず、保険会社が職員に分配支給するために多量の洋服地を一括購入するような場合には、通常は、繊維製品の販売を営業としている相当の商店に注文して買い入れるべく、係員を「お好み焼」屋に派遣してその営業をしている一婦人がたまたま所持している洋服地を買い受けるようなことはしないであろう、という事情その他の上記の諸事情を参照して考慮すれば、「お好み焼」屋における中野等の控訴人に対する前記加害行為は被控訴会社の事業の執行についてなしたものとは認め難い。一定の行為をすることについて被控訴会社が行為能力を有するか否かの問題とその行為をすることが現実に被控訴会社の事業または業務となつていたか否かの問題とはまつたく別問題であるところ、本件のような洋服地の買入行為及び約束手形の振出行為がそれぞれ現実に被控訴会社の事業となつていたことを確認することはできない。そして控訴人もまた被控訴会社の正常な業務外の行為であることを推知し得たものと認められる周囲の状況のもとで本件取引をしたのである。控訴人が被控訴会社に対して照会をせず銀行に照会をして手形を速かに現金化し得るか否かを問題としたのは被控訴会社の正常な業務としての取引であることに不安の念を抱いたためである。これを要するに、本件においては中野等の控訴人に対する加害行為が被控訴会社の「事業ノ執行ニ付キ」なされたものであることの証明がなく、したがつて民法第七百十五条に基いて被控訴会社に対し損害賠償請求権を有するとなす控訴人の予備的主張もまた理由がないとして棄却した。

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